和竿製作日誌 - 2003年第3期 Vol.3

漆塗りに入る前に部屋を片付けようと思ったら、とんだ大掃除になってしまい、作業が10日くらい滞ってしまいました。何とか片付け終わりましたので作業の再開です。ようやく漆を使用する工程の始まりです。
実際に漆の作業に入る前に、今後文中に漆の名称が出てきますので、最初に私が使用する各漆の説明をしておきたいと思います。漆は大きく分けて生漆と精製漆に分類、精製漆は油漆と無油漆に分類されます。油漆は「塗り立て」といい、塗りっ放しで艶が出る漆で、研ぎ出しや磨きができない漆です。私の場合は油漆は使用しません。また色漆は色粉を精製漆に練り込んで自分で作成しますので、最初から赤漆とか緑漆などといった色漆は存在しません。例外として黒だけは漆の精製の際に鉄分による化学反応で作られた黒漆があります。

【生漆】きうるし
漆の木から採取された樹液を濾過し不純物を取り除いた生の漆で、採取する漆樹の部位と時期により生上味漆、上生漆、瀬〆漆などに区別されます。梨地漆、朱合漆、木地呂漆などの精製透漆が透明な褐色なのに対して、生漆は乳白色をしています。空気に触れるとみるみるうちに濃褐色に変化します。生漆が一番かぶれます。

【生上味漆】きじょうみうるし
生正味漆とも書きます。初夏の太い幹から最初に採漆される最も上質な生漆で、乾燥が速く仕上がり艶も良い高級生漆です。竿作りでは艶上げといい、主に最終仕上げで全体の艶出しのために使用します。

【瀬〆漆】せじめうるし
瀬〆漆は樹幹から採取するのではなく、漆の枝を切り落としてから流水に1週間程漬けてから採取する、比較的粘度が高い下地や接着用の生漆です。竿作りでは主に糸極め(いとぎめ)、糸巻き部の下塗り、胴塗り前の摺り漆(すりうるし)に使用します。

【木地呂漆】きじろうるし
良質な生漆を精製し雌黄(しおう)と呼ばれる黄色顔料を混合した油を含まない精製漆です。はじめ赤褐色透明で、硬化すると黄褐色透明で半艶と艶消しの中間程の仕上がりになります。無油なので研ぎ出し、磨き仕上げが可能です。竿作りでは私の場合、木地呂漆に色粉を練り込んで色漆を作ります。

【梨子地漆】なしじうるし
精製透漆の代表的なもので透茶色の美しい仕上がりとなります。金銀粉に上掛けして透かし塗りにした時(梨地塗りといいます)に発色が良いよう雌黄やクチナシの煎汁などの黄色の顔料が調合された油を含まない精製漆です。無油なので研ぎ出し、磨き仕上げが可能です。竿作りでは竹の胴塗りに使用し、最も漆の良し悪しが仕上げを左右する漆ですので、高価でも上質なものを使用します。

【呂色漆(黒呂色漆)】ろいろうるし
油を含まない精製漆です。 呂色漆とは磨き上げて仕上げる漆の総称で、前に挙げた木地呂漆も呂色漆の仲間ということになりますが、私たちは一般的に呂色漆というと黒呂色漆を指します。黒呂色漆は精製過程で鉄分や水酸化鉄を加え、化学反応により黒変させた黒い磨き仕上げ用の漆です。竿作りでは糸巻き部の塗り重ね、呂色(蝋色)仕上げに使用します。


左:使用中の各種漆、右:薄め用の片脳油(へんのうゆ)、糸極め時の生漆の薄めと、胴塗り時の梨地漆の薄めに使用します。

8月9日(土)糸極め
糸巻き部分を生漆で固めます。生漆を片脳油(へんのうゆ)で半々程度に薄めます。これを糸巻き部に十分染み込ませ、極め木(きめぎ)という道具で糸巻き部を挟んで糸巻き方向にしごき、漆を糸に完全に染み込ませ均します。余分な漆は後でウエスで拭き取ってしまいますので、漆が竹にはみ出ても構いません。
糸極め時に使用する生漆は、拭き取ってしまいますので通常は濾す必要はありません。ただし、穂先の螺旋巻き部分は拭き取りませんので、塵などが混入しているとそのまま仕上げがブツブツになりますので、念のため濾し紙(吉野紙)で濾してから使用します。
漆を塗った後は、必ず室(むろ)と呼ばれる密閉用の箱に竿を収納し、漆が硬化するまで待たなければなりません。漆は気温20度以上、湿度80%以上で硬化が促進しますので、竿を収納する前に室の内部に霧吹きを行い水分を与えて密閉します。生漆の場合はもともと漆の水分が多く乾きやすいため、大量の水分は必要ありません。
糸極めの後は最低1日、条件によっては2、3日放置し、完全に硬化するまで待ちます。


左:濾し紙(吉野紙)に生漆を出します、右:絞って濾過します。


左:余分な漆を拭き取ります、右:愛用の自作の室。


左:糸極めが終わり、室で乾燥させます、右:糸極めが乾燥しました。

8月10日(日)塗り−1
(1)瀬〆漆塗り
糸極めがしっかり乾きましたので、糸巻きした部分の塗り重ねに入ります。ここからが本当の塗り作業です。
1回目は糸巻き部に瀬〆漆を塗り、2回目以降は呂色漆を使用しますが、最初から呂色漆を塗ると、地が糸のため伸びが悪く、でこぼこになってしまいます。以降の漆の食いつきと伸びを良くし、強固に仕上げるために最初だけ瀬〆漆を塗ります。私の場合、この工程では漆刷毛は使用しません。漆の付き過ぎを抑え、穂先の細い部分も薄く均等に塗るために画材店で販売されているアクリル製の腰の強い平筆を使用します。漆が付き過ぎると表面だけ先に硬化が進み、しわになって大変醜い仕上がりになるだけでなく、内部の乾燥に時間が掛かってしまうため、先の工程に進めなくなってしまいます。結局一度剥がして塗り直すなど、手戻り作業になってしまい良いことはまったくありません。漆塗りは薄く均等に伸ばすことが肝要です。
螺旋巻きにした穂先はこのまま研がずに仕上げになりますので、前回と同様、漆は濾してから使用します。糸巻き部の際は1mmくらい竹側に漆を被せるように塗り、漆で糸を完全に覆うようにします。塗り終わったら室で最低1日乾かしてから次の工程に進みます。


漆は刷毛を横方向に使って全体に配り、その後、縦方向に使って均します。


左:穂先は漆が乗り過ぎないように特に注意が必要です、右:漆を乾かすために室に霧吹きをして水分を与えます。

8月12日(火)塗り−2
(1)呂色漆塗り1回目
瀬〆漆の塗りが乾燥しました。普通はここで塗面を研いでから次の塗りを行うと思われますが、私の場合は1回目の塗りの後は研ぎを行いません。この状態で研いでしまうと得てして糸まで削ってしまい、せっかく固めた糸に傷を付けてザラザラにしてしまうことが多いためです。瀬〆漆は研がずに塗り重ねても次の漆の食いつきは良好で、塗面に油分などが付いたまま塗らない限り、後から剥げたりすることはまったくありません。このため2回目の塗りは塗面を研がずにそのまま呂色漆を塗り重ねます。
呂色漆は4回ほど塗り重ねる予定ですが、穂先は最初の2回で仕上げてしまいます。今日は呂色漆の1回目の塗りを行います。塗り方は瀬〆漆の時と同じ要領です。
生漆に比べると精製漆は同じように塗っても若干肉厚な仕上がりになります。漆が硬化過程で空気中の水分を吸収し、主成分のウルシオールと酸化重合するためか、塗った直後よりも乾燥後の方が肉が付く感じがします。ここでも塗り重ねの回数を減らそうとして無理に厚塗りはせず、薄く均等に塗ることが失敗しないコツとなります。


呂色漆の1回目が塗り終わりました。

(2)呂色漆研ぎ1回目
夜になり、1回目の呂色漆は十分に乾燥しているようです。2回目を塗り重ねる前に800番の耐水ペーパーで塗面の水研ぎを行います。本職の方は古来から駿河墨という硬い墨を砥石で平らに整形したものを使用して塗面の水研ぎを行ってきたそうです。墨研ぎは家具やお盆のような平面を持つ漆器を研ぐ際には合理的な手法ですが、竿の場合はすべての塗り面が湾曲しているため、耐水ペーパーの方が用途に応じて番手を選択できることもあり、むしろ利便性は高いものと考えています。
1回目の研ぎでは塗面の凹凸はまだ平らにはなりません。無理して研ぎ過ぎると糸まで研いでしまいますので、塗面の凸状態を均す程度に留めます。塗り際は横方向に研いで竹にペーパーが当たらないようにし、塗面全体を縦方向に研ぎ均します。
水研ぎをしますと研ぎ泥が出ますが、すげ口に入らないよう口を下向きにして行います。研ぎ終わった箇所からウェスで研ぎ泥をきれいに拭き取ります。前にも述べましたが、今回の竿は穂先に螺旋巻きを施してありますので、穂先は研がずに2回目の塗りに進みます。


左:水研ぎ中、右:最初はこの程度の研ぎ具合に留めます。艶消しになっている部分が研がれた凸部分です。

8月14日(木)塗り−3
(1)呂色漆塗り2回目
2回目の呂色漆の塗りを行います。塗り方の要領は1回目と同じです。
今日の天気は雨、室に入れずそのまま放置しても漆が乾く程じめじめした天気です。このような日は、塗り終わる頃には最初に塗った部分が硬化し始めるほど反応が早く、午前中に塗った分が夜にはもう研げる状態になります。
使用した刷毛はサラダ油で洗います。塗りの後はいつも同じですが、「突き出し」と言って定盤(じょうばん)と呼ばれる漆作業をするためのガラスの板の上で、サラダ油を付けて刷毛をヘラでこき出すように洗浄します。最後にきれいなサラダ油を染み込ませたら、軽く拭き取って保存します。逆に漆塗りを始めるときは刷毛に漆を付けて、同じように突き出しを行い油分や塵を落とし、漆を刷毛に馴染ませてから塗りに入ります。


左:呂色漆の2回目が塗り終わりました、右:刷毛の突き出し。

(2)呂色漆研ぎ2回目
2回目の呂色漆の塗りは夜には乾きました。1回目と同じように800番の耐水ペーパーで塗面の水研ぎを行います。1回目に比べて研がれていない凹部分が少なくなっているのが写真でお分かり頂けるかと思います。


ほぼ全体に研げるまで平坦になりましたが、まだ研げない凹部分が残ります。

8月15日(金)塗り−4
(1)呂色漆塗り3回目
せっかくのお盆休みも連日の豪雨で釣りはお休み状態、竿作りが進みます。今日は3回目の呂色漆の塗りを行います。塗り方の要領は1、2回目と同じです。穂先は前回の2回目で終了、3回目は穂先以外の糸巻き部分の塗りを行います。多分3回目の塗りが乾いたら、塗面全体が平坦に研げる様になるはずです。
3回目の塗りが終了すると、4回目の前に中矯め、泥棒掃除、湯拭き、胴塗りなどの一連の作業を行います。これらの作業が終わった後、糸巻き部分をそのまま蝋色仕上げ(ろいろしあげ)にする場合は、4回目の呂色漆の塗りを行い、仕上げに進みます。口巻きの部分などに変わり塗りを施す場合は、更に数回の塗り工程を経て仕上げに入ります。
今回、特に塗りの指定は頂いておりませんが、赤金系がいいという依頼者がいらっしゃいますので、口塗りは4本とも金箔を使用した研ぎ出し塗りにして、ガイド下の糸巻き部分は蝋色仕上げにしてみようと思います。ということで、これからがもっと大変な作業です。


呂色漆の3回目が塗り終わりました。

(2)呂色漆研ぎ3回目
3回目の呂色漆の塗りは夜には十分に乾きました。1、2回目と同じように800番の耐水ペーパーで塗面の水研ぎを行います。すでに凹凸がだいぶ無くなっていますので、全体を満遍なく摺り合わせるようなイメージで研いだ後、研ぎ残った凹部分が無理なく消せるようであれば、その部分をピンポイントで研いで消していきます(拾い研ぎと言います)。また、塵が付着して固まった凸部分は、その部分を拾い研ぎで潰します。研ぎ中に塗面の凹凸を確認するには、その都度、ウェスで水を拭き取り、息を掛けて乾かして確認します。
凹部が簡単に消えない場合は、無理して研がずに塗りの回数を1回増やして同じ作業を繰り返すようにします。この工程は何回塗り重ねるかという回数が重要なのではなく、巻き糸を完全に漆で固め、全面を平坦に艶消し状態にすることが重要であり、その状態にならない場合は塗り重ねの回数を増やして対応します。これは毎回ケース・バイ・ケースで判断しますが、塗りがうまく行けば普通は3〜4回で完了します。
3回目の研ぎでは凹部分がきれいに無くなり、全体に艶消し状態となっているのが写真でお分かり頂けるかと思います。


全体に艶消し状態に研ぐことができました。

8月16日(土)中矯め・泥棒掃除・湯拭き
(1)中矯め
今日で3日連続の大雨。昨日、糸巻き部分の下塗りが完了しましたので、次は胴塗りの準備に入ります。胴塗りとは竹の地肌に漆を塗る作業ですが、この作業に入ると、以後強い火入れや矯めができなくなります。従ってこの段階でもう一度矯めを行っておきます。ここまでの作業ですでに多湿状態の漆室に5回前後の出し入れを行っています。このため、最初に行った矯めが甘かった部分や竹の癖が強い部分に、元の曲がりが復元している場合がありますので、矯めができるのはこれが最後のつもりで再矯正します。実際に竹を継いでみると多かれ少なかれ曲がりが出ている場合がほとんどで、素材の良し悪し、火入れ・矯め仕事の重要性を認識させられる場面でもあります。中矯めを行う際には糸巻き部分(漆の下塗り部分)に火を当てないように注意しながら行います。糸巻き部分に火を入れてしまうと、巻き下の竹が収縮し、巻いた糸が浮いてしまうことがあります。その結果、極端な場合には巻いた糸と下塗りが筒状にスポンと抜けてしまうこともあります。絶対に糸巻き部分には火を入れないようにします。


中矯め中です。

(2)泥棒掃除
下塗り作業で漆が際からはみ出していたり、不意に竹に付いていたり、竹の汚れている部分を切り出し刀や木賊、竹串を使って掃除することを「泥棒掃除」と言います。全体にチェックしながらきれいに掃除します。呂色漆研ぎで研ぎ泥が節に付いて汚れている場合も、もう一度木賊で磨いてきれいにしておきます。火入れ時に出た竹の油が節に付いていたりすると、胴塗りが剥げてしまったりする原因になりますので注意します。

(3)湯拭き
胴塗りの前に竹の地肌に付いた油分や手あかを熱湯で絞ったタオルで拭き取る作業を「湯拭き」と言います。私の場合は特殊な方法ですが、ウェスを消毒用アルコールで湿らし、全体を拭き上げます。この方法で完璧なまでに油分や汚れを落とすことができますし、一瞬で乾燥し跡も残りません。その他、油絵の具の溶剤として使用するテレピン油で拭く方もいらっしゃるようです。実際に色々試しましたが、今のところアルコールがベストではないかと思います。竹の溝になっている部分はウェスの上から爪を使って拭き取ります。


左:木賊の角で窪みの汚れ落とし、右:アルコールで拭き取り。

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